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大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)7850号 判決

原告

北條光信

外2名

被告

松下電器産業株式会社

主文

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第1申立

(原告ら)

1  被告は別紙物件目録記載の電子ジヤーを製造販売してはならない。

2  被告はその本店、営業所および工場に存する前項記載の電子ジヤーの完成品を廃棄せよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行の宣言。

(被告)

主文1、2項同旨。

第2原告らの請求原因

1  原告らは左記登録実用新案権(以下これを本件実用新案権といい、その考案を本件考案という)を持分3分の1ずつの割合で共有している。

(1)  考案の名称 自動保温容器

(2)  出願 昭和44年9月24日(実願昭44―91756)

(3)  公告 昭和49年8月6日(実公昭49―28864)

(4)  登録 昭和51年1月19日(第1113645号)

(5)  実用新案登録請求の範囲

「内壁1を熱伝導の良い軽金属製とした飯櫃本体2において、可及的蓋体8に近接させて断熱材中に絶縁体被覆による環状電熱体5を埋設し、かつ上記電熱体5のリード線を飯櫃本体2内に埋設したサーモスタツト6を介してコンセント7に接続してなる自動保温容器。」

2  本件考案の構成要件および作用効果は次のとおりである

(1)  構成要件

(1) 内壁1を熱伝導の良い軽金属製とした飯櫃本体2において、

(2)  可及的蓋体8に近接させて断熱材中に絶縁体被覆による環状電熱体5を埋設し、

(3)  かつ上記電熱体5のリード線を飯櫃本体2内に埋設したサーモツタツト6を介してコンセント7に接続した、

(4)  自動保温容器。

(2) 作用効果

本件考案は米飯等の収容物を常にできたての状態で温存することを目的とし、右の構成を有することにより(イ)被加熱物が局部的に冷却することを防止し被加熱物全体の保温効果を高めて(ロ)蓋体底面における蒸気の凝結(結露)を防止するという効果をあげるものである。

これを具体的に述べれば次のとおりである。

(1) まず、右(イ)の効果を得るためには被加熱物の有する熱が容器および容器外に逃げないようにすればよくこれにより被加熱物は一定温度に維持されるわけであるが、本件考案では容器の内壁を熱伝導の良い軽金属製としその上部の蓋体に近接した位置に熱源(環状電熱体)を設けたことによりこれを達成している。すなわち、

(ⅰ) 熱伝導の良い軽金属製の容器内壁に熱源を設けたことにより、その伝導熱が容器内壁全体にわたつて広がり被加熱物と容器内壁の温度を等しいかあるいは容器内壁の温度を若干高温に保つことができ被加熱物から右内壁への熱移動が防止される。

(ⅱ)(a) 熱源を容器内壁の蓋体に近接した位置においたことにより、容器内壁と蓋体との載置部分に他の部分よりも高温の熱がもたらされた容器内の特に被加熱物の上部にある空気層の温度と載置部分の温度を等しいかあるいは載置部分の温度を若干高温に保つことができ空気層から載置部分への熱移動が防止される。

(b) 熱源を蓋体に近接した位置に設けたことにより、熱源の熱は熱伝導、熱放射の形で蓋体特にその下面に移動し蓋体下面および容器内上部空気層を温めるが、この熱移動により熱せられた蓋体下面の温度は容器内上部の空気層の温度と等しいかあるいはこれより若干高温になるので、空気層から蓋体下面への熱移動は防止される。

(ⅲ) 以上の作用により、前記(イ)の効果が発生する。

(2) また、前記(ロ)の蓋体底面における結露防止のためには蓋体下面の温度を空気層(水蒸気)の温度より高温にしておけば良いわけであるが、本件考案では熱源を容器内壁の蓋体に近接した位置におくことによつてこれを達成している。すなわち、熱源の熱は熱伝導、熱放射によつて蓋体下面(および容器内壁)に移動するがこの蓋体下面(および容器内壁)の温度は当然のことながら前記の如く容器内上層にある空気層よりも高温かあるいは等温になるため、空気層中の水分が結露するという現象が防止されているものである。

(3) 以上の結果、被加熱物の一定温度の維持が可能となり、しかもその変味が防止されるという被加熱物の望ましい保温が達成される。

3  被告は別紙物件目録記載の電子ジヤー(以下、イ号物件という)を業として製造販売している。

4  イ号物件は次のような構成および作用効果を有している。

(1)  構成

(1)' 内壁1'を熱伝導の良い軽金属製とした飯櫃本体2'において、

(2)' 蓋体8'に近接した内壁1'の上端部外周面に絶縁体で被覆したニクロム線の捲回による環状電熱体5'が接着して設けられ、

(3)' 右電熱体5'のリード線が飯櫃本体2'内に埋設したサーモスタツト6'を介してコンセント7'に接続され、

(4)' 飯櫃本体2'内に軽金属製の内容器13'を有し、

(5)' 内壁1'の下面の一部に補助ヒーター12'を有する、

(6)' 自動保温容器。

(2) 作用効果

(1) 熱伝導の良い内壁1'の蓋体8'に近接した位置に環状電熱体5'が設けられており、環状電熱体5'から発生する熱が内壁1'全体を温めまた蓋体8'下面にある密閉用内蓋11'の下面および飯櫃本体2'内上部空気層を温めるため、被加熱物の温度維持が可能となつている。

(2) また、環状電熱体5'が蓋体8'に近い内壁1'の上位にあるため、蓋体8'下面にある内蓋11'の下面および内壁1'における結露が防止されている。

5  イ号物件は本件考案の技術的範囲に属する。すなわち、

(1)  イ号物件の構成を本件考案の構成要件に照らし対比してみると、(1)'の構成が(1)の構成要件を、(2)'の構成が(2)の構成要件を、(3)'の構成が(3)の構成要件を、(6)'の構成が(4)の構成要件をそれぞれ充足していることが明らかであり、イ号物件の(4)'、(5)'の構成は単なる付加にすぎない。

右(4)'の構成すなわち内容器13'の存在は被加熱物の収納の便利さ、保温容器自体を衛生的に維持するためのものにすぎず、前記保温上の作用効果には何ら影響を与えるものではない。

また、右(5)'の構成すなわち補助ヒーター12'の存在もイ号物件が前記作用効果を有する構成のものであることを否定する理由となるものではない。なぜなら補助ヒーターは温度の変動幅を小さくするためのものと考えられるが、それは単にサーモスタツトの効率化をはかつて熱コントロールの面から本件考案の有する保温効果を更に高めんがためのものであり、まさに本件考案を利用したうえでの純然たる付加要素にすぎないからである。

(2)  右のとおりイ号物件は本件考案の構成をそつくり含んでいるため前記のとおり本件考案と同一の作用効果を有するものである。

6  したがつて、被告はイ号物件を業として製造販売することによつて原告らの本件実用新案権を侵害している。

7  よつて、原告らは被告に対しイ号物件の製造販売の差止めとその完成品の廃棄を請求する。

第3被告の答弁

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2(1)の事実は認めるが、同(2)の事実は争う。右主張は本件考案の作用効果についての主張としては不正確である。

3  請求原因3の事実は認める。

4  請求原因4(1)の事実はそれだけでは認められない。イ号物件が原告ら主張の構成をそなえていることは認めるが、それだけでは正確でない。(2)'の構成は次の如く補足訂正されるべきである。

(2)' 蓋体8'に近接した内壁1'の上端部外周面に絶縁体で被覆したニクロム線の捲回による環状電熱体5'が接着して設けられ(以下は原告ら主張のとおり)、環状電熱体5'は3周目より下降して斜状電熱体5'―aを形成し内壁1'の外周面を1周と4分の1周して内壁1'の略中央部に至るところまで下降している。

5  請求原因4(2)の事実中、イ号物件が原告ら主張の効果を有することは認めるが、それが本件考案の構成要件を備えていることによるものであることは否認する。

6  請求原因5ないし7の事実および主張は争う。

第4被告の主張

イ号物件は本件考案の技術的範囲に属しない。その理由は以下に述べるとおりである。

1  本件考案の基本的構成と作用効果

(1)  本件考案は「米飯等の収容物を輻射熱と反射熱との相乗効果により」保温することを目的とし、その目的をより良く達成するために飯櫃本体の内壁を熱伝導の良い軽金属製としその上部、可及的蓋体に近い位置に環状電熱体を設けかつ米飯等の被加熱物を直接飯櫃本体内に収容する構成としたものである。

(2)  このことは本件考案の明細書(本実用新案公報=甲第2号証参照)の「考案の詳細な説明」欄に本件考案の作用効果に関し「この考案では……その(環状電熱体の)発熱により生ずる伝導熱は内壁1全体を加熱することは当然ながら(このことは設置個所のいかんにかかわらない)併せて上記の環状発熱体5が内壁1の上位外周に位置しているのでこの部分を通じて熱が内壁1の中心側乃至その上方に向けて放射するからその輻射熱(中心側に向けての放射が当つたところに生ずる熱)により被加熱物9の上面を効率良く直接加熱し……保温効果を高め得るばかりでなく、又この輻射熱の一部(上方に向けての放射による)は効率良く断熱蓋体8に伝達され反射熱と化して被加熱物9より生起する蒸気を押さえるとともに蓋体底面における蒸気の凝固を防ぎより保温効果を幇助する効果がある。」旨記載されていること(但し、小括弧内は被告の注記)からみて明らかである。

すなわち、本件考案は環状電熱体5を配した飯櫃本体2に直接米飯等を収容する構成になつているからこそ環状電熱体5の「発熱により生ずる伝導熱は内壁1全体を加熱」し内壁1に直接接した米飯等を加熱すると同時に環状電熱体5が位置する内壁1の上位外周部分から「内壁1の中心側乃至その上方に向けて放射する」熱すなわち「その輻射熱により被加熱物9の上面を効率よく直接加熱」しさらに「輻射熱の一部は効率良く断熱蓋体8に伝達され反射熱と化して被加熱物9より生起する蒸気を押さえる」のである。

換言すれば、本件考案はその目的とする輻射熱と反射熱を効率よく作用せしめその相乗効果をうるために被加熱物を直接電熱体の設けられた内壁に収容する構成としたものであり、これが本件考案の基本的構成である。

(3)  原告らがその請求原因において本件考案の作用効果として述べるところは次の如き意味で極めて不当であり、かつ不正確でかる。

(1) まず、原告らが本件考案の作用効果として述べるところは本件考案の明細書に記載されているものとは異つている。原告らの主張は明細書に記載された本件考案に特有の作用効果をことさら無視するものであるが(原告らは右に明記された「輻射熱により被加熱物9の上面を効率良く直接加熱」することは本件考案に必要な作用でないとまで極言する―後記第5の1、2参照)、かかることは許されるべきことではない。けだし、本件実用新案権の如き権利は元来その出願にかかる考案の構成が出願者が意図し明細書に記載した作用効果が生ずるものと認められたからこそ与えられたものであり、右の如き出願に際して開示したものを無視し新らたな技術解釈をしこれを第3者に対し主張することを許すのは、不当に広い保護を権利者に与えることになるからである。

(2) 例えば、原告らは本件考案の作用に関し「容器内壁と蓋体との載置部分に他の部分よりも高温の熱をもたらされ」と述べているがこのような考えは本件考案の出願当時にあつては考案者の考慮の外にあつたことである。しかも、それは電熱体の近くにあるからそれより離れたところにある他の部分よりも早く高温になるということにすぎず、電流がオフになると他の部分より早く低くなるから常に「他の部分よりも高温」であるのではない。

(3) また、原告らは、「熱源の熱は熱伝導、熱放射の形で蓋体特にその下面に移動する」とも述べているが、本体のまわりに環状電熱体の取付けられている公知の構成のものにあつても電熱体の熱は当然のこととして蓋体下面と飯櫃本体上辺との接触点において蓋体に伝導することは明らかである。これをもつて本件考案の特有の作用とすることはできない。

(4)  さらに、本件考案にあつては、被加熱物が電熱体の設けられている飯櫃本体の内壁に直接収容されているのであるから、電熱体への通電のオン・オフによつて内壁の温度が上がれば被加熱物のそれも上がりそれが下がれば後者も下がるのであつて、内壁の温度と被加熱物のそれとは同温かそれに近い若干の差があるに過ぎない。したがつて「被加熱物は一定温度に維持される」ことはありえないし、また「被加熱物の有する熱が容器および容器外に逃げない」というのも電熱体が発熱しているときにのみいいうることで、電熱体への通電がサーモスタツトの働きで切れたときは、内壁の温度が外部に散逸するにつれて、被加熱物の有する熱が内壁に伝わり外部に散逸することになる。結論的にいえば、原告らの主張する限りでは被加熱物の温度が一定に維持されることはありえないのである。右の如く内壁の温度が電熱体への電流のオン・オフによつて上下するにかかわらず被加熱物が一定の温度を維持しうるというためには、それなりの技術的手段が必要と考えられるが、そのような技術は前記明細書には何等示されていない。

2  クレームの解釈

しかして、本件考案の構成要件にいう「可及的蓋体8に近接させて……環状電熱体5を埋設し、」とは、環状電熱体の設置場所を可及的蓋体8に近接したところ1カ所にのみ限定したものすなわち環状電熱体を蓋体に可及的に接近した場所1カ所にのみ限定設置することを必須要件とし、その他の場合に電熱体を設けたものを排除した趣旨と解される(なお、ここで問題にしているのは電熱体を設ける設置場所のことであつて電熱体の個数のことではない。電熱体の数は1個であつても数個であつてもそれが可及的蓋体に接近した場所の範囲内に設けられている限り問題はない。逆に電熱体の数としては1個といえるものであつてもそれが可及的蓋体に接近した場所以外にも及んでいるものであれば問題となる。要はそれが「容器内壁の側周上位のみを占めるものと認められうる。」か否かということである)。

このことは、以下に述べる本件考案の詳細な説明および出願の経過に徴し明らかである。

(1)  まず、本件考案の詳細な説明によれば「…環状電熱体5が設置されているので、その発熱により生ずる伝導熱は内壁1全体を加熱する…」というのでありこの環状電熱体5によつて内壁1の全体が加熱されるというのであるから、環状電熱体5以外に内壁1を加熱する熱源の存在は考えられない。少なくともそれ以外の場所にも熱源を設置することを示唆する記載は何ら存しない。

(2)  次に、出願の経過をみるに、本件考案は(1)出願、(2)拒絶理由通知(乙第1号証)、(3)これに対する原告らの上申書(乙第2号証)提出、(4)公告、(5)訴外タイガー魔法瓶工業株式会社その他からの登録異議申立(乙第3号証、第4号証の1ないし5、第7号証の1ないし3)、(6)原告らの答弁(乙第5号証、第8号証)、(7)異議を認めない登録異議決定(乙第6号証)を経て登録されたものであることが明らかである。

しかして、そこでは原告らは公知の刊行物(乙第4号証の2ないし5、第7号証の2、3)を引用しての拒絶理由通知と登録異議申立(右異議申産の主たる理由は、飯櫃本体のまわりに環状電熱体の取付けられている公知の構成のものは上部位置にのみ取付けられているものを含むものであるから、これを上部のみに限定するという本件考案の構成には何らの考案性は認められないとするものである)に対し、左記(1)ないし(3)の如く主張した。

(1) 本願の保温容器では「蓋体に可及的近接させた位置に限定して発熱体を配し、かつこれにより本件周辺と蓋体側とより収容食品を加熱する」ことを要旨としているものであり、構成要件、作用効果ともに引用の物品とは異つている(乙第2号証)。

(2) これに対し本願では出来るだけ蓋体に近づけた位置に熱源域を1ケ所だけ設けることによつて飯櫃全体…に熱源を配している」ものと「同等の保温効果…を小電力のもとで得んとしているものである」(乙第5号証)。

「本願は『飯櫃本体において可及的蓋体に近接させた位置にのみ環状電熱体を設けること』を要旨とし、この熱源域の限定条件に基いて、熱源域を広域に配したもの(本体と蓋体)による作用効果と同等な効果を得んとしている…」(乙第5号証)。

(3)  「甲第2号証)注、本訴乙第7号証の2)に記載されている容器においては電熱体は蓋体と本体底部との2ケ所に設けることが充分な保温効果を得る為には必要と推定される。これに対し、本考案では1ケ所の電熱体にて、この2ケ所に設けた結果生起する作用効果以上の作用効果の具体化をこれより部材量を少くして小電力のものに可能にしたものであ…る」(乙第8号証)。

そして、特許庁審査官は原告らの右主張の趣旨を容れ、登録異議申立人の引用した書証にはこの考案の構成要件である可及的蓋体に近接させて断熱材中に絶縁体被覆による環状電熱体を埋設した点は記載されておらず、明細書における「4は必要によつて環状電熱体5を収容する為に設けられた環状隆起部」、「(環状電熱体の)発熱により生ずる伝導熱は内壁1全体を加熱することは当然ながら併せて上記の環状電熱体5が内壁1の上位外周に位置している」の記載および図面からみて、(本件考案における)環状電熱体は保温容器の内壁全面にわたつて設置されるものとは認められず、容器内壁の側周上位のみを占めるものと認められるとして、前記登録異議申立を理由なしとする旨の決定をした(乙第6号証)。

(3)  以上の事実に照らせば、前記構成要件を冒頭に記載した趣旨に解すべきことは明らかである。

3  イ号物件の基本的構成と作用効果

(1)  イ号物件は、被加熱物を飯櫃本件の内壁1'内に直接収容するものではなく、被加熱物を内容器13'に収容しかつそれを内壁1'内にこれと一定の空間をおいて収容するものであり、内容器13'の開口部にはその開口部周縁と僅かに3粍の間隙をおくだけの状態で内蓋11'が対置されている(なお、内蓋11'はその環状外周辺からこれに連続する内径部にかけて環状の斜周壁が形成されその斜周壁から中央部にかけて上方にわん曲しているものである)。

(2)  また、イ号物件には熱源として、内蓋1'の蓋体8'に近接した位置に設けられている環状電熱体5'のほかこれより下降し内壁1'の略中央部までに至る斜状電熱体5'―aと内壁1'の下面の一部に補助ヒーター12'が設けらろている(補助ヒーター12'は斜状電熱体5'―aを介して環状電熱体5'に直列に接続されていて環状電熱体5'の発熱伝導の内壁1'の底部を補助的に加熱し、内容器13'全体ひいては被加熱物全体の温度差をなくする役目を果すものである)。

(3)  ところで、保温容器ことにその上部に熱源を設けた保温容器においては一般に米飯等の保温時において上層部が下層より温度が高くなる傾向があるが、イ号物件では右(1)の構成をとることによつて電熱体からの直接輻射熱による被加熱物上面への加熱を避け(イ号物件にあつては内容器13'と内蓋11'が前記状態で対置されているため環状電熱体5'の輻射熱が直接被加熱物上面にまたは内蓋11'の底面に輻射される作用は全く考えられず、むしろこれを排除する構成となつている)、また、環状電熱体5'のほか斜状電熱体5'―aと補助ヒーター12'を設けることによつて上下にむらのないほぼ一定の温度での保温を可能ならしめている(これらの熱源が発熱するときその熱は内壁1'の全周囲に伝わりこれが内壁1'と内容器13'の間の空隙に存する空気を加熱するので内容器13'が公知の全面加熱に近い状態で加熱され同時にそれに収容された被加熱物を加熱するものである)。

右の如く、イ号物件にあつては被加熱物は空気層と内容器13'を介して間接的に加熱され、電熱体の発熱による輻射熱の直接的な加熱を受けることはないから、内壁1'の温度と被加熱物のそれとは同温ではなくかなりの差をもつて上下し、内壁1'の温度をサーモスタツトの働きによつて一定温度差に保てば、被加熱物の温度を一定にまたはほとんど同温に近くことを保温することが可能となるのである。

そして、サーモスタツトは、ヒーターへの通電をオン・オフさせることによつて保温容器を一定の温度幅(リツプル)に制御するものであるが、その温度幅は小さいことが最も望ましく、大きくなれば保温物、例えば米飯などは変色したり匂いが付着したりなどして、好ましい保温状態はえられない。

イ号物件では内壁1'の底部下面にサーモスタツトと補助ヒーターがあることによつて、リツプルは小さく保温物の温度のばらつき底部の結露現象を防ぎ良好なる保温状態がえられるのである。

4  本件考案とイ号物件の対比

以上によつて明らかなとなり、本件考案は飯櫃本体の内壁1内に直接米飯等の被加熱物を収用し内壁1の上部可及的蓋体に近いところ1カ所にのみ設けた電熱体(部分的熱源)の直輻射熱と反射熱の相乗効果によつて効率的に保温しようとするものである。すなわち、原告らにおいて、内容器のあるもの、側周面全体にまたは蓋体にあるいは本体底部にまたは側周外面上部等に電熱体を設けた保温容器等公知構造のものが多数存するなかでこれらと異なり内容器がなく飯櫃本体の内壁の蓋体に出来るだけ近づけた位置のみに電熱体を埋設する構造を考え、そのためにそこに生ずる熱が内壁の中心側ないし上方に向けて放射されその輻射熱により被加熱物の上面が直接効果的に加熱されることを主たる作用効果であると主張しかつ認められたのが本権利である。

これに対し、イ号物件は内容器13'内に被加熱物を収容し、これに内蓋11'を対置せしめることによつて環状電熱体5'からの輻射熱と反射熱が直接被加熱物の上面を加熱することを避け、内壁1'の上部に設けられた環状電熱体5'、内壁1'の略中央部にまで及んでいる斜状電熱体5'―aおよび内壁1'の底部下面に設けられた補助ヒーター12'によつて内壁全体を加熱し、内壁1'と内容器13'の空隙―空気層―と内容器13'を全面的に加熱し内容器13内の被加熱物体をむらのない状態で保温しようとするものである。

両者が被加熱物を良好な状態で保温することを目的とする点において共通するとしても、その基本的構成、技術思想を異にすることは明白である。

そして、実際の作用効果の点からみても両者が相異なることは明らかである。すなわち、本件考案のものにあつては内壁1内に米飯等の被加熱物を直接収容するものであるから、内壁1と米飯の温度はほとんど同温でかつ同程度の率によつて上下するのに対し、イ号物件にあつては前記の如き構成であるため内壁1'と米飯等被加熱物の温度は同温同率をもつて上下しない。イ号物件では内壁1'の温度がサーモスタツトの働きによつて上下しても間接的に加熱されている内容器13'内の被加熱物の温度は直接これに伴つては変動せずほぼ一定に維持されており、内壁1'の温度が常に被加熱物の温度より高くなつている訳ではない。これらのことは被告が行つた実験によつても確認されている。

原告らはイ号物件にあつても内容器13'があるため間接的になるにせよ結局は輻射熱が被加熱物の上面を加熱する結果になつている(すなわち環状電熱体→空間→内容器→空間→被加熱物上面の加熱という機能を果している)から本件考案と同一の作用効果があり、本件考案の明細書に記載された「輻射熱により被加熱物9の上面を効率良く直接加熱」されることは必要な作用ではないとまで極言している。

しかし、かかる主張をとりえないことは既述のとおりである。

第5原告らの反論

1  被告は本件考案の明細書の「考案の詳細な説明」欄に「…上記の環状電熱体5が内壁1の上位外周に位置しているのでこの部分を通じて熱が内壁1の中心側乃至その上方に向けて放射するからその輻射熱により被加熱物9の上面を効率良く直接加熱し、…」と記載されていることから、本件考案は飯櫃本体の内壁1内に直接米飯等の被加熱物を収容することを基本的構成とするものであると主張するが、そのように解さねばならない理由はない。

本件考案の明細書の記載全体に基づき本件考案の作用効果を考察すると、(1)内壁全体の加熱(内壁全体の加熱により被加熱物の熱が内壁を通じて流失することを防止する)、(2)蓋体下面の加熱(蓋体下面の加熱により蓋体下面から被加熱物の熱が流失することおよび結露を防止する)、(3)被加熱物上面の加熱(被加熱物の上面を加熱することにより被加熱物の内部にある熱が上部に流失していこうとすることを防止する)という三つの加熱作用によつて被加熱物が局部的に冷却することを防止してその保温効果を高め蓋体下面の結露を防止するという所期の目的(効果)を達するものであることが明らかである。

そして、ここで問題にされている右(3)の被加熱物上面の加熱はどのように行われるかというと、それは(イ)被加熱物の上にある空気層と被加熱物との接融および(ロ)被加熱物の上面層における電磁波の吸収(熱放射)ということにより行われるものであり、これは本件考案の出願前公知の理論である。この点からいえば被加熱物が直接飯櫃本体に収容されている場合であろうと内容器に収容されている場合であろうと何ら差異はない。すなわち、被加熱物が内容器に収容されていて環状電熱体と被加熱物との間に内容器の周壁が介在したとしても環状電熱体の熱放射により熱を得た内容器の周壁からさらに電磁波が被加熱物に向い放射され、被加熱物はこれを吸収するのである。環状電熱体の熱が熱放射という形をとつて被加熱物の上面に移動することに変わりはない。したがつて、本件考案の明細書にいう「直接加熱」ということは保温効果の点からみれば必ずしも必要な作用ではなく、かかる記載があるからといつて、本件考案における加熱を「熱源と被加熱物に介在物の存在しない条件での加熱」という風に限定して解釈する必要はないのである。保温容器という密室内における熱移動は右のようなものなのである。保温容器内に内容器を入れてもこの内容器と被加熱物は保温容器(この場合熱源を有する容器という意味)に対する関係では合体して被加熱物であるということもできるのである。本件考案とイ号物件は何ら基本的構成を異にするものではない。

そして、右の公知の熱理論を具体化し保温防露の作用を十分に発生せしめるのに最適なものとして容器内壁外周の上部に、蓋体に可及的に近接させて環状電熱体を設けることを基本的構成としこれによつて前記効果を得られるようにしたのが本件考案である。そもそも本件考案の出願当時におけるこの種保温容器の熱源としては全面熱源のものが一般であり本件考案におけるような部分熱源の形態のものは未開発の状態であつた。本件考案の部分熱源の考案によつて初めて自動保温容器が価値ある商品となつたのである。

そして、これこそが本件考案の基本的構成であるところ、イ号物件もこの構成を有していることは前記のとおりである。

2  被告は原告らが本件考案の明細書に記載されている作用効果を無視しているというが当らない。

ある考案の有する「作用」は本来客観的なものであり、かつ実用新案法が出願人に対してその構成から生ずる作用についての理論的究明を要求していないことを勘案すると、その考案の構成から発生する作用は明細書に記載された「作用」にのみ限定されあるいはこれに拘束されると考える必要はなく、その構成から客観的に発生すると認められる作用は全てその考案の作用として検討の対象となるというべきである。

しかるところ、本件考案は前記公知の熱理論を前提とするものであり(かかる公知の理論を明細書に記載することは要求されていない)、原告らが指摘した前記本件考案の作用効果は本件考案の前記構成と右公知の理論から当然導き出されるものであり、いわば自明のことであるから、これに基づいた主張をすることは何ら明細書に記載のない新しい技術解釈をなすものではなく、これをもつて不当といわれる理由はない。

そして、この点からみると本件考案の明細書に「直接加熱」とあるからといつて被告主張の如く限定して解釈する必要のないことは前記のとおりである。もちろん、原告らは本件考案において被加熱物の上面において幅射熱が発生することを否定しているのではない。原告らは本件考案における加熱作用すなわち保温の点から考えると、幅射熱により被加熱物がその上面を直接加熱されることは必ずしも必要な作用ではないといつているにすぎない。

3  被告は本件考案の出願経過に鑑み本件考案は環状電熱体を蓋体に可及的に接近した場所1カ所にのみ限定設置することを必須要件としその他の場所に熱源を設けたものは全てその技術的範囲に属しないかの如くいうが、これまた失当である。

(1)  原告らが本件考案の出願手続において被告が指摘するような文言の記載ある上申書および答弁書を提出したことは事実であるが、そこにおける原告らの主張は被告のいうような趣旨でなされたものではない。このことは原告らの右主張がどのような意見、申立に対してなされたものであるかを考え文言の字句だけにとらわれず前後の脈絡を考えて読めば自から明らかなところである。

それは、拒絶理由通知および異議申立手続において引用された公知例がいずれも容器内壁の外周の上部から下部にかけての全面にわたり熱源を設けたいわば全面熱源型のものであつたのに対し、本件考案はこれらのものと異なり熱源が容器内壁の全面にわたつてあるのではなく外周上部にのみ設けられたいわば部分熱源型のものであることを強調し本件考案の基本的構成についての理解を求めたものにすぎず、補助的熱源を設けたものを技術的範囲から除外したものではない。そもそも本件考案の出願当時は前記のとおり部分熱源の形態自体未開発の状態であつたし、まして部分熱源の外に補助熱源を併用するという考え方は出て来ていなかつたのである。補助熱源という思考がないところにこれを排除するという思考もまた発生しない。

そして、本件考案の明細書の「実用新案登録請求の範囲」および「考案の詳細な説明」の欄のいずれにも被告の主張する「その他の場所に電熱体を設けたものを排除した」ことを推認させるようなあるいはそのような疑問を抱かせるような記載文言は存しない。

(2)  ある保温容器が本件考案の構成要件を全て充足し前記部分熱源の構成をとることによつて本件考案の有する効果と同一の効果をあげておればそれは本件考案の技術的範囲に属するものである。右保温容器が本件考案の構成にない別個の余分の構成を有することによつてそれなりの効果があるとしてもそのことによつて本件考案の技術的範囲に属しないということはできない。けだし、それは本件考案の利用のうえに作出されたものにすぎないからである。

(3)  これを本件イ号物件についてみるに、それが環状電熱体5'を有することによつて前記部分熱源の構成要件を充足していることは明らかであり、イ号物件に斜状電熱体5'―aと補助ヒーター12'が存することはそれが本件考案の技術的範囲に属しないことを意味しない。なぜなら、イ号物件にあつては斜状電熱体5'―aと補助ヒーター12'がなくても環状電熱体5'の働きのみで保温効果は充分に果せるが、斜状電熱体や補助ヒーターのみでは所期の保温効果を発揮することができないことが明らかであり、イ号物件の保温用の熱源はあくまでも環状電熱体5'のみであつてかつそれにつきるものであると考えられるからである。斜状電熱体や補助ヒーターはたとえそれが熱源としての作用を有するとしてもせいぜい環状電熱体5'の熱量不足の一部補助するためのものにすぎないと思われるし、補助ヒーター12'の如きは温度幅の変動(リツプル)を小さくしサーモスタツトの効率化をはかつて熱コントロールの面から本件考案の有する保温勅果をさらに高めんがためのものであり、またに本件考案の利用のうえになされたものであるというべきである。

したがつて、本件考案の出願経過を云々し本件考案に被告のいう限定が付されているか否かを問うまでもなく、被告の主張は理由がないというべきである。

被告は本件考案のものでは飯櫃本体の内壁1内に直接被加熱物を収容するのでその温度が一定に維持されることはあり得ないというが当らない。原告らのいう「一定温度」とは米飯類等被加熱物の保温に必要な一定の温度ということでありそれはある幅をもつた温度範囲である。そしてこの温度幅の調整はサーモスタツトによつて行われているのであり、このことは被加熱物が飯櫃本体内に直接収容される場合であると内容器に収容される場合であると何ら変りはない。本件考案は部分熱源とサーモスタツトの場合せ構造において画期的な保温効果をもたらしたものである。

また、被告は被告が行つた実験によつて被告の主張が裏づけられたというが、その当否を論ずるにあたつて、まず、被加熱物の物性の具体的同一性の問題があり、次には保温容器そのものの性能の同一性、実験環境の同一性などデータ評価の基礎となる条件の開示が必要であることはもちろんであるが、それよりも重要なことは、内容器のあるものでも理論的に環状電熱体の有する熱エネルギーが電磁波の形で内容器を経て被加熱物の表面において吸収され、そこにおいて輻射熱が発生している事実は否定できないということである。もし、内容器のあるものにおいては保温容器一般に必要とされる60度C前後への温度設定が不可能ということが実験により示されたならば、原告らは被告のいう「直接」という点に耳を傾けるのにやぶさかでない。しかし、内容器の存在の有無にかかわらず70度C前後の温度維持が可能であることは動かし難い事実である。これを否定するような結果は被告の実験によつても示されていない。

第6証拠

(原告ら)

1  甲第1、第2号証および検甲第1号証(イ号物件を縦半分に切断したもの)を提出。

2  乙号各証の成立は認める。

(被告)

1 乙第1ないし第3号証、第4号証の1ないし5、第5号証(以上は写が原本)、第6号証、第7号証の1ないし3、第8ないし第12号証を提出。

2 甲号各証の成立および検甲第1号証が原告主張のものであることは認める。

理由

1  請求原因1の事実(原告らが本件実用新案権を共有していること)、同2(1)の事実(本件考案の構成要件を分説すると原告ら主張の(1)ないし(4)の要件に分説しうること)および同3の事実(被告がイ号物件を業として製造販売していること)については当事者間に争いがなく、イ号物件は原告ら主張の(1)'ないし(6)'の構成(但し、(2)'の構成は被告主張の如く補足訂正するのが正確である)に分説しうるものであると認められる。

2  そこで、イ号物件が本件考案の技術的範囲に属するか否かについて考えるに、原告らは、イ号物件は本件考案の構成をそつくり含みこれと同一の作用効果を有するものである旨主張するので、以下、この点につき検討する。

(1)  まず、本件考案についてみるに、前記当事者間に争いのない登録請求の範囲(クレーム)の記載、成立に争いのない甲第2号証(本実用新案公報)により認められる本件考案の明細書の「考案の詳細な説明」欄の記載および成立につき争いのない乙第1ないし第3号証、第5、第6号証、第7号証の1、第8号証によつて被告主張(第4の2の(2))のとおりと認められる本件考案の出願登録の経過に関する事実を参酌すると、本件考案の基本的構成するなわち基本的な技術思想は、(イ)内壁1を熱伝導の良い軽金属製とした飯櫃本体2であることを前提として(前記(1)の構成要件)、(ロ)熱源である環状電熱体5を内壁の上部、出来るだけ蓋体8に近い部分にのみ埋設し(同(2)の構成、原告らのいう「部分熱源」)かつ(ハ)熱源からの輻射熱(もちろん内壁を介してのものである)が被加熱物の上面を直接加熱しその一部が蓋体に伝達されて反射熱と化すような構成としたこと(以下、便宜「直接加熱」方式という)にあり、これが本件考案の特徴であると認められる。

そして、右のうち(イ)の点は前記クレームの記載自体から明らかであり、(ロ)の部分熱源(全面熱源の排除)の点もクレームの記載および前記出願の経過からみて明らかでありそのこと自体については実質的に当事者間に争いのないところである。

また、右(ハ)の「直接加熱」方式としたことも、前記「考案の詳細な説明」欄に明記されている本件考案の作用効果に関する次の各記載および明細書添付の図面に照らすと、これを肯定するほかはない。

すなわち、右説明書の冒頭には本件考案の目的は「……電熱を最も効率的に活用し、米飯等の収容物を輻射熱と反射熱との相乗効果により常にできたての状態で温存できる自動保温容器を提供せんとする……」ことにあることが明記され、ここでは電熱を最も効果的に活用しその輻射熱と反射熱との相乗効果によつて収容物を最も望ましい状態で温存しようというのが本件考案の直接の目的、課題であることが明らかにされている。

そして、これにつづく説明により、本件考案は右課題を解決するための手段として、飯櫃本体2の内壁1を熱伝導の良い軽金属性とし、その可及的蓋体8に近接した位置に環状電熱体5を埋設し、飯櫃本体2の上緑3(断熱性素材からなる)上に蓋体8を載置した場合両者が環状電熱体5の上位で接触状態で飯櫃本体2の口部を閉塞するように構成して、環状電熱体5の発熱により生ずる伝導熱が内壁1全体を加熱するとともに内壁1の上位外周部分を通じて内壁1の中心側ないしその上方に向けて放射する輻射熱が被加熱物9の上面を効率良く直接加熱し、またこの輻射熱の一部が効率良く断熱蓋体8に伝達され反射熱と化すように作用せしめ、右直接加熱により被加熱物9の局部的冷却を防止して被加熱物9全体の保温効果を高めるばかりでなく、右反射熱によつて被加熱物9より生起する蒸気を押さえるとともに蓋体底面における蒸気の凝固を防ぎ、より保温効果を幇助するという効果をあがらせて前記所期の目的を達成するものであることが明らかにされている。

そして、右明細書の記載とこれに添付された図面によると(右図面には被加熱物9が飯櫃本体2の内壁1内に直接収容されたものが図示されている)、本件考案は熱伝導の良い軽金属でできている飯櫃本体の内壁全体が熱源からの伝導熱によつて熱せられることを前提としたうえで、保温効果により高めるためにその上部、可及的蓋体に近いところに設けた熱源(環状電熱体)からの輻射熱と反射熱を利用するものでこれを最も効率的ならしめるために飯櫃本体の内壁内に被加熱物を収容し蓋体そのものによつて右飯櫃本体の口部を閉塞する方法をとつたものであり、熱源である環状電熱体を内壁の上部、蓋体に近いところに設けたためにそこから放射される輻射熱が被加熱物の上面を加熱することが可能となるのはもちろんであるが、それが右明細書記載の如く被加熱物の上面を効率よく直接加熱するといえるのは右輻射熱が直接被加熱物に達しうるような構成になつていてその間にこれを遮蔽するような介在物が存しないからにほかならず、さらに右輻射熱の一部が効率よく蓋体に伝達されて反射熱と化し、その反射熱が被加熱物からの蒸気を押え蓋体底面における蒸気の凝固を防ぐといえるのも右の如く蓋体そのものが被加熱物の収容されている飯櫃本体の口部を閉塞するようになつていて右輻射熱が直接蓋体に達するような構造になつているからであると解される。

そして、右明細書に記載された上記各作用効果があるからこそその冒頭に記載された「……電熱を最も効率的に活用し、……収容物を輻射熱と反射熱との相乗効果により常にできたての状態で温存……」するという目的を達しうるものと考えられるから、前記作用効果をもたらす前記「直接加熱」方式なる構成は本件考案の特徴部分であると解せざるを得ない。

このように考えてくると、本件考案は、環状電熱体を可及的に蓋体に近接させた位置にのみ設けることのほか飯櫃本体の内壁内に収容された被加熱物を直接加熱することを必須の要件としあるいはこれを当然の前提としているものというべく、被告が被加熱物を直接電熱体の設けられた内壁に収容するようにしたことが本件考案の基本的構成であると主張する点は右の趣旨において正当である。

なお、右の「直接加熱」ということはクレームに明記されてはいないが、さきに判示したところから明らかなように本件考案において「直接加熱」を可能ならしめる構成は明細書に記載された課題解決のために不可欠なものであり、そのことは明細書の記載それ自体から一見して明らかでかるから、当業者ならば容易にこれを理解することができると認められるところ、このような場合には右の如く解することも許されるというべきである。

(2)  原告らは本件考案の基本的構成(技術思想)は容器内壁外周の上部に蓋体に可及的に近接させて環状電熱体を設けたことすなわち原告らのいう部分熱源の構成にあり、被加熱物を直接加熱することはその必須要件をなすものではなく、明細書に記載された作用のうち「被加熱物の上面が直接加熱される」ことは保温の点からみれば本件考案にとつて必要な作用ではないかというが、原告らの右見解は部分熱源の構成が本件考案の主要な構成であるという点においては正当であるとしても、直接加熱という作用が保温という点からは必要でないとする部分は明細書の記載から読みとれる本件考案の技術思想にそぐわないものであり、明細書の詳細な説明および図面には原告らの主張するような解釈が正当であることを示唆するものは見当らない。

原告らはある考案がその目的とする効果をうるためにいかなる作用を有するかということは本来客観的に定つているものであり、その作用に関しては「考案の詳細な説明」欄の記載に限定されることなく論じてよい筈のものであるとして、本件考案の明細書に記載されている「被加熱物の上面を効率良く直接加熱」することは本件考案に必ずしも必要な作用ではない旨主張するのであるが、ある考案の作用が本来客観的なものであり必ずしも明細書に明記されたものに限らないことおよび実用新案法がその作用について理論的究明を要求していないことは原告ら主張のとおりであるとしても、述に客観的に存在し、しかも正しく理解されかつ「考案の詳細な説明」欄に特記されている作用効果を無視してその考案の技術的範囲を論ずるのが妥当でないことももちろんである。かりに、原告らの主張するように本件考案は被加熱物の上面を加熱することによつて保温の効果を高めようとするものでありその加熱作用は被加熱物の上にある空気層と被加熱物との接触および被加熱物の上にある空気層と被加熱物との接触および被加熱物の上面層における電磁波の吸収ということによつて行われるもので、それが環状電熱体からの直接の輻射熱(もちろん内壁1を介してのことである)によつて加熱されるか否かは本件考案の問うところではないと解するときは、本件考案の明細書に記載された前記各記載(例えば、「電熱を最も効率的に活用し……」、「効率良く直接加熱し……」等の文言。前記(1)の末尾記載の各文言)の意味内容ないしそのような記載がなされた理由を理解し難くなるし、元来明細書の「考案の詳細な説明」欄にはその考案が解決しようとする課題(目的)とこれを解決するための手段(構成)がその作用とともに記載され、これによつて生じた特有の効果が具体的に記載されている筈であること(実用新案法施行規則2条様式3備考13イ、ロ、ハ参照)からすれば、原告らの右主張は明細書の記載をはなれて不当にその技術思想を抽象化するものといわねばならない。

そして、原告ら自身本件考案について環状電熱体から放射される輻射熱が被加熱物を直接加熱する作用を有すること自体は否定していないものと解され、このように客観的に存在しかつ正しく理解されて明細書に記載された作用を無視するのは発明、考案の内容を正確かつ明瞭に第三者に公開し自から主張すべき技術的範囲を明らかにする明細書の性質に反するものであり許されないというべきである。

(3)  以上にみたところから、本件考案のクレームの記載をふりかえつてみるに、そこにいう「自動保温容器」とは前記の如く可及的蓋体近くに埋設された熱源と被加熱物の間に右熱源からの輻射熱を遮蔽するような介在物がなく右輻射熱が直接被加熱物に達しうるもので、かつその輻射熱の一部が直接蓋体に伝達され反射熱と化するような構成になつているものすなわち「直接加熱式自動保温容器」とでもいうべきものを意味すると解することができる。

(4)  そこで、次にイ号物件の構成についてみるに、前記争いのないイ号物件の説明書および図面によるとそれは本件考案と同様米飯等の被加熱物を望ましい状態で温存することを目的として製作された自動保温容器であり飯櫃本体2'の内壁1'を熱伝導の良い軽金属製としその熱源である環状電熱体5'を蓋体8'に近接した内壁1'の上端部に設置したものであるが、被加熱物の保温加熱手段としては本件考案が採用したような「直接加熱」方式を採用せず、被告主張のように、被加熱物を内容器13'に収容したうえでこれを飯櫃本体2'内収容し内容器13'の口部に蓋体8'の本体の下面中央部で吊持して設けられた内蓋11'を近接対置させるようにしたもので、内容器13'および内蓋11'の構成は被告主張の如く説明されうるものである。

そして、イ号物件にあつては右の構成をとることによつて、熱源からの熱放射により直接被加熱物を加熱することを回避し被告主張の如き作用効果を達成するものであると認められる。

(5)  そこで、イ号物件を本件考案と対比してみるに、それは右にみたとおり本件考案のような「直接加熱」方式を採用せずいわば「間接加熱」方式を採るもので本件考案と異なる作用効果を有することは前記のとおりである。イ号物件にあつてもその内壁1'が熱源である環状電熱体5'からの伝導熱によつて温められるが、内壁1'を介して環状電熱体5'から放射される輻射熱が直接被加熱物を加熱しあるいは蓋体8'に伝達されて反射熱と化して被加熱物からの蒸気の発生ら蓋体8'の下面における結露を防止するというようなことは認められない。イ号物件には右輻射熱が効率良く被加熱物を加熱し反射熱との相乗効果により保温の効果を高めるという作用効果は存しない。

むしろ、イ号物件は前記内容器13'と内蓋11'の構成によつて熱源からの熱放射により直接被加熱物を加熱することを回避し本件考案が達成した作用効果を除去したものをいうことができる。

原告らはイ号物件において内容器13'が存在するとしてもそれは被加熱物の収納の便利さ、保温容器を衛生的に維持するためのものにすぎず保温上の作用効果には何ら影響を与けるものではなく単なる付加にすぎないというが、右内容器13'および内蓋11'が前記の如く構成されていることがイ号物件における保温上の作用効果に大きく影響を及ぼしその作用効果を本件考案のものと異ならしめていることは前記のとおりであるから、これを単なる付加とする原告らの右主張は採用できない。原告らがイ号物件の保温に関する作用効果が本件考案の作用効果と何ら変るところがないと主張するのは、本件考案の保温上の作用効果を前記の如く明細書の記載を離れていわば抽象的に解したうえでのことであるが右の如き解釈を採りえないことは前示のとおりである。

してみると、イ号物件は、かりに、「部分熱源」型という意味において本件考案と共通する点があるとしても、被加熱物の保温加熱に関する構成と作用効果を異にすること前示のとおりであるから、本件考案の作用効果をそつくり取入れているとか単にそれを増大せしめているに過ぎないとはいえない。

イ号物件は、本件考案と技術思想を異にするものであり、本件考案の技術思想をそのまま利用するものではないというべきである。また、前記の如く本件考案のクレームにいう「自動保温容器」を「直接加熱式自動保温容器」をいうと解するときは、イ号物件は、右にいう「自動保温容器」には該当しないということもできる。

いずれにせよ、イ号物件は、本件考案の技術範囲には属しないというべきである。

3  以上のとおりとすると、原告らの請求はその余の点の判断に及ぶまでもなく理由がないというべきであるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法89条、93条を適用して、主文のとおり判決する。

(金田育三 上野茂 若林諒)

〈以下省略〉

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